湘南乃風「濡れたまんまでリビング行っちゃうなよ、フローリングがめくれるだろ」 2014年08月28日 日記 トラックバック:0コメント:0


「ボブ・ディラン超えたな」が口癖のみなさんこんばんは。
奈良県か広島県の鹿にまぎれて全裸で四つん這いになって暮らすことが目標の↑野です。

せんべいが美味すぎる。

二十数年生きてきて、ここでとんでもなく大きな真理に至ることができた、そうそれが、「せんべいは美味い」ということ。
久しぶりに食べてみたらせんべいの美味いこと美味いこと。

みんなもっと目を向けた方がいい、せんべいの美味さに。


…という風に、僕は一人暮らしを始めてからというもの、定期的に何か特定の食べ物に改めて感動してきたという長い歴史がある。

具体的に記すならば、
海苔の佃煮→温泉卵→めかぶ→豚汁→せんべい→十割そば  という具合にである。
これら何かのありふれた食べ物について定期的に感動しては、しばらくするとまた落ち着く、を繰り返している。

つい数か月前は、



この通りなのである。
ASKAさんたち世間のアウトローが鼻から白い粉を吸引してハイになっていた時に、僕の方は口から灰色の麺を吸引して同じ程度にハイになっていたというわけだ、これでわしもアウトローの仲間入りやでえ。

この調子でいくと、近所に引っ越して来た人が引っ越し蕎麦を持ってきただけで感動のあまり抱かれてしまうかもしれない。
蕎麦一つで己の身体を他人に許す…ほんまウチは股のユルい女やで!茹ですぎた蕎麦とおんなじや!こんなあたいを叱ってよ!




そして今現在はまっているものが、そう、「納豆」である。
納豆はすごい、すごい納豆は、納豆ごいすー、というわけなのだ。

さらになぜか調子に乗ってしまって…、



とまでほざいてしまうぐらいの有頂天ぶり。
四則演算は俺が発明した手法と言いだすぐらいの錯乱ぶりときてしまったのだ。

しかし自分で言うのもなんだが、我ながらこの幸せのハードルの低さは凄まじいのではないかと自負している。
幸せへのハードルは低い方がいいとはよく言うが、僕の幸福ハードルは低すぎる。

あれだからね、俺の幸福ハードルは低いどころか地面にめり込んでるから、マントル突き破って地球の中心目指しちゃってるから。
地球の中心近くのマグマの部分にまで達してしまって、幸福へのハードルが「ジュン…」っていいながら瞬時に溶けて消えちゃうからね、ってもはやハードルなくなっちゃってるじゃん、何しても幸福じゃん、やったじゃん新しいわたしデビュー。

そのように、朝4時起きのジジイが散歩がてら余裕で俺の幸せのハードルを知らぬうちに歩き超えちゃってるぐらい低い。
それぐらい僕の幸福のハードルは低いのだ。

よく考えてみてほしい、なんだよ、いい歳こいた成人男性が「十割そばが美味しすぎて人生が楽しい」って…。
もはや現代における奇跡じゃないですか、聖母マリアの処女懐胎と肩を並べるレベルじゃないすか。
なんすか、この物質水準の高い大量消費主義的社会である日本国に暮らしていながら、スーパーで一食250円で買える蕎麦に感動して生きる希望もらってる人間て…、そのうち髪の毛伸ばしてグラサンかけて耳が聞こえない振りしながら「光もらっちゃったね、お蕎麦から…」とか「僕は…すすれませんよ…一本しか…」って言いながらNHKに取材されるレベルに達してるじゃないですか。


世間ではそれなりに感動のハードルが高くなってしまっている人が多くて、やれ劇場版ドラえもんやら、各種ドラマや小説など、感動するために提供側も消費側もあれやこれや頭を悩まして感動するためにさせるために試行錯誤しているというのに。

なに「納豆が美味しすぎて人生に感謝してる」って…、ガンディーもマザー・テレサも天国から二度見してるだろ。

しかしやはりなんといっても幸福へのハードルは低いにかぎる。
僕としては、日々の些細なもの、些末な事柄にも、最大の敬意と感謝をもって生きることをあなた方に断然お勧めする。


そうだから、僕という些末でとるに足りない人間やその生産物にも、多少の温かき眼差しをもって眺めてみて欲しい。(手前味噌)→味噌が美味すぎる!となり、以後歴史は繰り返す

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