愛媛県民が瀬戸内海に向かって手をかざすと海が真っ二つに割れ、それで毎日本州へと渡る 2011年08月01日 妄想 トラックバック:0コメント:0

メスゴリラのような髪型で今日も僕は生きているのだから、当然周りの反応もメスゴリラを観た時の反応なのです。
それもそのはず、何せメスゴリラのような髪型をした青年が歩いているのだから。


 
しかしここで一つ大きな間違いがある。
そう、あくまで「メスゴリラみたいな髪型をした人」なのであって、「メスゴリラ」ではないのだ。
そこんとこ宜しく、と言ってみたところで大衆は聞く耳を持たず、僕をメスゴリラだと考えている。

先日も晴れた空の下で大きな河原を散歩していた時、お父さんお母さん娘さんの三人で一緒に散歩をしていた家族に出会った時のことであった。

まだ幼い娘さんは僕を指差して言った。
「あっ、見て見てパパ!メスゴリラだ!」

お父様、これは絶好の娘さん躾チャンスですぞ!さあ言っておやりなさいな、
「こら晴美!人に向かってなんていうことを言うんだ!謝りなさい!ごめんなさいねハンサミングなナイスガイさん、娘も悪気があったわけじゃないんですよ。お詫びにこれ、少ないけど6億円、受け取ってくださいな」と!

そうして僕は広がる日差しの中、6億円を優雅に受け取る準備をして次の一言を待った。

するとお父様は言った。
「ほんとだね、メスゴリラだね、かわいいね」

僕は戦慄した。
まさか娘に加勢するパターンだなんて!こ奴らには地獄すら生ぬるい!

そして僕は言った。
「いいえ、僕はメスゴリラではありません」

するとお父さんが血相を変えて言った。
「嘘をつかないでください!どこからどう見てもメスゴリラではないですか!娘を落胆させないでください!」

もうこれは話し合いの余地は無いなとわたくし考えました。
良かろう、ならば見せてやろう、メスゴリラの力というものをな!貴様らには地獄すら生ぬるい!
と本日二度目の地獄すら生ぬるい発言をした僕は、意を決して構えた。

その後、僕はお父さんと取っ組み合いの喧嘩になり、河原で30分程くんずほぐれつ死闘を演じた。
どれ程の時間が経っただろうか、いつしかお互いの間に、拳を交わした者の間にしか芽生えない奇妙な友情が芽生えた。
僕らは堅く握手を交わしながらお互いの健闘を称え合い、河原の芝生の上に寝っ転がってしばらく語り合った。

「やるじゃないか」
「あんたこそ」

そうやって昨日の敵同士が今日の友となった風景を、奥さんと娘さんは温もりの籠もった眼差しを投げかけるように見ていた。

三人家族と別れを惜しみつつ、丁重な挨拶を交わした僕は、また残りの道を行き、やがて家へと帰り着き、テレビを点けて観ていたところ、偶然動物園の特集が放送されており、そこには一匹のメスゴリラが映っていた。

「あっ、俺の髪型、メスゴリラに似てるわ」

このような奇妙な髪型で毎日外を出歩くなどとは、これこそまさに、地獄すら生ぬるい仕打ちであった。

トラックバック URL
http://ueno3460.blog8.fc2.com/tb.php/447-f9d40c6d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)