卒業 2011年04月14日 日記 トラックバック:0コメント:0

     学位記

 
 
今年は卒業式が震災の影響により中止となったので、学位記を学事に取りに行ってきました。

思えばいろんなことがあった大学時代でした。
決して良いことばかりではありませんでしたが、少なくとも入ってよかったと間違いなく言えます。
それと言うのも多くの魅力ある人たちに出会えたからです。

そもそも僕は関西出身なので、この大学を選択しなければ、学部・サークル・その他の関係で、ここで知り合った方々とは本来知り合えなかったわけですね。
それが何の因果か、受験生の頃のふとした思い付きで早稲田を第一志望に受験をし、その上なぜか、早稲田の第一志望の学部に合格したのに、これまた急な思い付きでこの大学に入ることになりました。
今考えても、なぜあの時にあの選択をしたのかよく分かりません、親もびっくりしていました。

そして初めての一人暮らし、初めての大学生活でかなりの不安を抱いて入学しました。
初めから僕はお笑いサークルに入ろうと決めていたのですが、その時はまだ僕が後に所属したお笑いサークルは非公認団体であり、学内で大きく宣伝が出来なかったようで、僕はお笑いサークルを見つけられず途方に暮れました。
他のあまり興味が無いサークルに入ろうかとも思いましたが、やはりそれでは長続きもしないだろうし、何よりそのサークルの人たちに対して失礼だろうと思って、結局一年生の頃はサークルには入りませんでした。

悶々としつつも大学の授業は始まり、経済学部の同じクラスの子に話しかけまくり、少人数制の語学授業の存在にも助けられ、数人の友人が出来てそこそこの大学生活を送ってはいましたが、やはり大学の授業以外に何も活動をしていないのは苦痛とまでは言わないまでも、何だか寂しく感じていました。

結局、一年の秋からフィットネスクラブでインストラクターのアルバイトを始め、新たに所属するコミュニティを得たものの、やはりお笑いという活動はどこか忘れられずにいた。
そうして時が流れて二年の夏、いつも通り経済学部の連絡掲示板を見ていた時に、あるポスターを見つけました。
そのポスターにはこう書いてありました「お笑いやろうぜ!」

衝撃が走りました。
探していたお笑いのサークルがあったのかと。
その日の内に携帯で連絡先にメールを送り、返事の案内のままに、後日早稲田大学のお笑いサークルのライブをみんなで見に行くという活動に参加することになりました。

二年生から入ることもあり、不安な気持ちで一杯でしたが、参加してみればそれも杞憂でした。
部員はみな良い人たちばかりで、それでいて変な人たちばかりでした。
当時はまだ10人もメンバーがいなかったと記憶していますが、全員が全員良い意味でどこかおかしかった。
中学時代も、高校時代も、面白い奴は周りにたくさんいたけど、こんな変な人たちはいなかった。

サークルがサークルなのでそれが僕にはとても嬉しかった。
個人的には、居酒屋や食事会で、みんなでアホみたいなことを延々とやってた時が一番楽しかった。
早稲田の法学部に何年も滞在する人がいたり、何故かフリーターの不思議な女性がいたり、突然過激な物真似を人目気にせずやり出す人がいたり、グロ好きの彦根のよいにゃんこがいたり、不思議なコントをする戦艦ポチョムキンが鎮座していたり、早稲田のお笑いにも身を置く実力者がいたり、結局正体不明の東洋のおじさんがいたり。

それぞれのメンバーから何かしら学ばされたし、僕の世界は彼らによって大きく拡大されたと確信しています。
というのも、僕はいたって平凡で、生き方も頭の中も極めて凡庸なので、彼ら彼女らからは、知性的にも、考えやセンス的にも、多くの自分とは本来無縁であったものを見せてもらい、学ばせてもらってきました。
お笑いのセンスや考え方はもちろんですが、似たような年の人たちから、こうした様々なことを学べるのは本当に貴重な経験であったと思います。

そして何故かみんながみんな良い奴ばかりなんですね。
癖はあるけど、演者もスタッフもみんなから良くしてもらいました。
僕の方からは彼らに何も出来なかったし、むしろ迷惑ばかりをかけましたが。

僕にとってあのサークルは、舞台出演という貴重な経験をさせてもらった場としてはもちろん、それ以上に魅力的な人たちたくさんと知り合い、話し、関わり合えたことが何よりの喜びでした。
もう一度数年前に戻れるとしても、かつてと違う選択肢をとりつつ、このサークルにまた入りたいと思います。

やがてサークルは新歓期を迎える度に大きくなり、他大学のお笑いサークルの方々との交友関係も徐々に増え、サークルとしての学内の存在感も段々と増し、随分と成長したように思います。
入ってくる後輩たちも、みな何故か賢く、少し変で、そして何より懸命にお笑いに励む誠実さを備えていました。
僕の場合は後輩の方がしっかりしてて、全員全ての点において僕よりも優れていたので、彼らからも多くを学ぶことが出来ましたし、本当に幸運なことだったと考えています。

僕は個人的に変なプライドとかほとんど持ってはいなかったので、別に年下であろうが年上であろうが、他の大学やサークルの人であろうが、素直に尊敬していけたのが良かったかもしれません、大学とはそういう所ですしね。
お笑いサークルなのにも関わらず、なぜかこのサークルには本当の意味で聡明な人が多かったと思います。
みんな頭いいし、思想も僕なんかよりずっと豊だったし、しっかりと活動し続ける誠実さも備えていたし。

思えば、入った頃には初期メンバーの優しさに助けられ、その後は優秀な後輩たちに助けられていたと言えます。

後半においては、僕がお笑いから距離を置いて、それ故にサークルからも少し距離を置く形になりましたが、そのような状態にあって、サークルの方々から「戻ってきて欲しい」「またお笑いをやって欲しい」と言っていただけたことは、本当に嬉しかったし、期待に添えなくて本当に申し訳なくも思っています。
こんなどうしようもない僕にあのような言葉をかけてくれる度に、表向きでは冷静に取り繕いつつも、心の中では、涙が出るほど感動していました。

いつになるかは分かりませんが、いずれまたお笑いの舞台に立とうかなと考えています。

以前にも書きましたが、お笑いという困難かつ意義のある活動をしっかりとしている彼らはすごく素敵ですし、彼らのこれからの人生で間違いなく財産となると信じています。

そして在学期間中は、大学生という身分上、多くの事について考える時間が豊富にありました。
これも僕にとってかなりの財産だと言えると思います。
本当にいろんなことを考えました。

決してポジティブなことばかりでなく、悲観的な事も多く考えましたし、自分の闇とも向き合ってきましたし、結論がどうなるのかは分かりませんが、こうしたことを長く多く考えられたことは総じて有益であったと考えます。
自分の情けなさや嫌悪すべき部分に孤独に向き合う時間が必要であったのです。

その他に、こうしておけば良かったなと思うことをあげればきりがありませんが、少しでも興味が湧いたことに対してもっと積極的に拡げられるよう行動していけば良かったというこの一言に尽きます。
今の時期、新入生の方も多いと思いますが、僕から言えることは、やはり少しでも興味を持ったことを具体的な行動で掘り下げていくということです。
図書館で勉強するのも良し、複数のサークルに入るのも良し、学外のバイトやイベントに精を出すのも良し。
大学とは自分から行動しなければ何も手に入らないとはよく言いますが、本当にそうだと感じました。

僕の場合で言うと、1,2年生の頃はあまり本とか読む習慣が無かったので、後半になってから文芸サークルとかに入ってみたいと思いましたし、もっと変な所に旅に行けば良かったと思うし、いろいろと知的好奇心が芽生えたのも3年生ぐらいと遅かったので、もっと図書館に通いつめたりすればよかったということがあります。
一年生の頃はイギリスかアメリカの大学に留学したいと思って意気込んでいましたが、結局そこまで自分にとって必要なことではなかったのか、3年生ぐらいからはすっかりと忘れていましたね。

まあ、何れにせよ、後悔の無いように少しでも興味を持ったことは積極的に行動して拡げていきましょう。

僕の大学生活の場合は、何かたくさんの学問的なことを勉強できただとか、そういったことよりも、このように、多くの素晴らしい人たちと出会えたことが何よりの収穫であったと思います。
どう考えても、僕はこの先大学で出会った人たちのことを絶対に忘れないと思います。

この数年、大学内外において、僕と関わって下さった全ての方々に改めて感謝します。
この大学に入り、みんなと出会えて本当に良かったです。

ありがとうございました。

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