ロマンティックあげたら贈与税徴収された 2010年11月03日 妄想 トラックバック:0コメント:0

わたくし先日ちょっとした用事で自由が丘に行ったわけですな。
自宅の最寄り駅からほんの10分ほど揺られていればすぐにその自由の地こと自由が丘に着けるということで、わたくし、ああ日本社会も便利になったものよと感慨深げに感傷に浸りながら電車に揺られ、自由が丘へと舞い降りたわけです。

するとどうしたことでしょうか。
わたくしの目の前に広がる光景はまさに地獄絵図ならぬジャポニカ自由帳でありました。
人々が、町が、物凄く自由なんですね、自由以外まるで目に入らない、自由ここに極まれりと言わんばかりの。


流石にわたくし舌を巻きましたよ。
自由が丘には文字通り自由が溢れてる、そう思いましたね。

駅近くのブックオフへと向かうその短い道中でも、ありとあらゆる種類の自由がまるで群を成して泳ぐイワシたちのようにあちらこちらに散在しておりました。


なぜか片手にでかいキャベツを持って「レタス!!」と叫びながら東大の過去問を食い入るように見る学生。

片っ端から「あのー、すいません?もしかしてドストエフスキーさんですか?」と声をかけて周るOL。

笑顔で激しく殴り合う老夫婦。

「異議あり!」と叫びながら他人の卒業アルバムを勝手に見る女装した力士。

購入したばかりのパソコンをチューペット感覚で膝でかち割る美少年。

道のど真ん中で大の字になりながら寝ころび「そのときタニシが動いた」とつぶやくフランス人。

「号外!号外?!!」と叫びながら自分のプリクラを配る農林水産省職員。

びっくりするほど綺麗に人の足を踏みながら移動する紳士。

飼い主の頬を札束で叩く柴犬の群れ。


そして何より驚くべきことに彼らのほとんどが全裸だったのです。
ここは知恵の実に手を出す前のアダムとイブの暮らす庭園なのかとさえ疑いました。
この街にいる人々のみが、見えない結界内にいる如く何にも縛られることなく自由に自己を表現していたのです。

わたくしそれはそれは興奮しましたよ。
なにせこんな自由は初めてでしたものでね。

どれもこれもわたくしが想像したこともないような、限りなく密度の濃ゆい自由で溢れかえっていました。
そしてみんながみんなとてつもなく良い顔をしているんですな、人生に無上の喜びを感じているかのような。
恍惚感?そんな甘いものではありませんでしたとも、あれはこの世の楽園、最後の審判。

自由とはかくも美しく、そして貴重なものなのであると、見る者にそう感じさせる彼らの自由の宴。
わたくしが知らないだけで、わたくしの住む町の近くにこんなにも自由に溢れかえる楽園があったとは。
これに今更になってからようやく気付いたというある種の喪失感と、今からでも遅くはない、これを自分もこれからは享受することが出来るのだという未来への希望と安堵感が、同時にわたくしを包んで離しませんでした。

さっそく自分自身もこの未だ慣れはしないが実に心地よさそうな自由人の仲間入りをしたく強く感じました。

そうしてわたくしも自由が丘の新しき民となるため、服を脱ぎ捨てて全裸になり、自分の乳首をそれぞれの手の人差し指で指さしながら、「俺の出身地ここ!!!」と輝くような純粋無垢な笑顔で叫び放ちました。


すると先ほどまで笑顔で恍惚としていた自由が丘の民たちの表情がみないきなり真顔になり、全員がわたくしの方を向いて、寸分のずれもなく一斉に声を揃えてわたくしに言い放ちました。



「それはないわ…」


自由とは何かの代償の上に成り立つものなのだと、その時わたくしは初めて悟りました。

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