新ことわざ:「ミラノ風ドリアに包まれて死ぬ」 2009年11月26日 ネタ雑談 トラックバック:0コメント:0

↑野です。

自転車でこけた時のあの身を引き裂くかのような壮絶な痛みは一体なんなのでしょうか。
もちろんここで言う痛みとは「精神的」痛みであることは言うまでもないことでしょう。

確かに自転車で転べば体も相当に痛いです、下手したら腕の一本や二本折れます。
しかしそれを考慮しても余りあるほどの精神的な痛みがそこにはあると思うのです。



今こうやって自転車で転んだ時の想像をしただけでも冷や汗ものです。
まさに筆舌に尽くしがたいというもの。

僕の経験で言えば、高校3年間自転車通学をしていたのですが、通学路に「魔の滑り場」なるものがありました。

それは歩道橋なのですが、歩道橋の中には滑り止めとして黒い小さな長方形のゴムが床に埋め込まれているタイプのものがあります。ゴムは滑り止めの役割を果たすためです。

しかし雨の日になると状況は一変します。
なんと滑り止めであるはずのゴムが途端に悪魔の姿へと変貌を遂げる。

気づきましたか?
ゴムって乾いていると滑り止めになるのですが、濡れていると逆にツルツル滑るのです。

そしてある日その忍び寄る悪の舌は僕の自転車のタイヤに襲いかかりました。

(キュルキュルキュルキュルサーーーーーンッ!!!)

自転車に乗り鼻歌の一つでも歌いながらのんびりとペダルを漕いでいた僕はものの1秒後には驚くほど綺麗に横滑りし、半身を地面に打ち付けられていました。正直何が起こったのか分かりませんでした。
顔はこの世の終わりと言わんばかりに青ざめて背中は嫌な汗でビチョビチョでした。雨水のせいではありません。

「死にたい」

この四文字が一瞬で頭に浮かんできたのです。
なんと僕は近くの共学高校の女子高生二人組の40cmぐらい横でこれ以上ないぐらいに綺麗に滑り転んだのです。

一番驚いていたのはもちろん僕なのですが彼女たちも同じぐらい驚愕していました。(べつに共学とかけてない)

彼女たちはその自身の経験と一般常識から「自転車で転んだ人に安易に助けの手を差し伸べたり声をかけたりしてはいけない」という賢明な判断をしてくれたのだけが不幸中の幸いです。

少なくとも僕の目の前では、何も見ていない、友達とも別の会話をするという見て見ぬふりをしてすぐにどこかに行ってくれました。
恐らく僕の姿が見えなくなった頃に「キモい奴が転びやがったマジうける」的なことを二人で言い合って喜んでいたのかもしれませんが、それは実は差ほど問題ではないのです。真に危惧するべき事態は転んだ人間の前でそれを言うことです。

それはまさに虫の息の人間になおもピストルを向けるかのような非道極まりない蛮行と言えましょう。
そうはならずに本当に良かった。

そして気になる僕の方はと言えば、すぐに倒れた自転車を起こしてまるで何事も無かったかのような仏様もびっくりの無表情で学校へとまたペダルを漕ぎます。

転んだ人間が最大限にダメージを軽減する応急措置としてはそれが精一杯のことなのです。

正直なところ転んで人に見られた時点でもうこのまま家に帰って38度ぐらいのぬるま湯に浸りながらお風呂の中で泣きたかったです。
自転車で転んだ人たちがみな一様に言葉にするのは「ノストラダムスの予言の日が今だったらよかったのに」というのにも頷けます。

しかしやはり自転車で転んだことに起因する登校拒否を日本の高校は決して許してはくれません。
僕には悲しみとやり場のない怒りを胸にまた一歩一歩ペダルを強く踏みしめることしか選択肢はなかったのです。


もちろん僕とてそこまで愚かではないので、明日からもう二度と転ばないために転んだ理由とその対策を1時間目の授業中の全てを使いブレインストーミングして熟考しました。

まず転んだ理由としてはやはり「雨の日に(ゴムが埋め込まれた)歩道橋を渡ったから」と「自転車を降りたりせずに曲がり角でブレーキをかけながら急角度に曲がろうとしたから」という原因が即座に考えられました。

そしてそれに対する解決策を懸命に見出します。
もちろん歩道橋を渡らなければいいのですが、それだと少し遠回りになるし車通りの多い危ない道を通ることになります。

そして何より重要なのが次の原因です。
そう、「ブレーキをかけずに走りながら曲がれば転ばない」のです。
正確に言うと、濡れたゴムの上を走ったから転んだのではなく、濡れたゴムの上をブレーキをかけながら走ったから転んだのです。

濡れて滑りやすくなったゴムの上でブレーキのかかった動かないタイヤを曲がろうと斜めにすると、途端にタイヤは横滑りし、あり得ないぐらい綺麗に転びます。

この緻密な分析によって問題は解決し、また僕の通学生活に安穏の日々が戻ってきたものと思っていました。
しかし事はそんなに単純ではなかったのです。

そう、懲りずにまたやっちゃうんですな。

遠回りするのめんどくさい→雨でも気をつければ大丈夫→自転車降りて押して歩くのめんどくさい→大丈夫大丈夫、スピード出さずにゆっくり進めば大丈夫→(キュルキュルキュルキュルサーーーンッ!!)→ひぎいいいいいいいっ!!!→死にたい…

まさに歴史は繰り返す。
滑って転んで本気で死を願った3日後にはもう当初の感情など忘れて軽率な行動に出る。
一番の敵は人間の感情の風化なのかもしれません。


こうして僕の高校生活は続き、結局3年間で累計36回くらいは転んでいたと思います。
その内おそらく7割くらいは梅雨の季節に集中していることでしょう。

つまり僕は高校生の時点で最低でも36回は本気で死を考えたということです。
もうね、あれは恥ずかしいとかそんな低次元なものじゃない。

人前で自転車で転ぶこと、それはまさに死をも辞さぬほどの恐ろしき災い。
人が人である最低限の権利さえも剥ぎ取ってしまう煉獄の業火。


僕は今となっては自転車で歩道橋を渡る機会も無くなり、大学へは電車で通うようになったのでこの地獄の苦しみからは解放されました。
雨の日に無理に自転車を漕いで滑ることもなくなりました。


その代わりブログの中で毎日のようにスベり続けるようになりましたけどね。

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