12年前にはじめてのおつかいに出演していた泣き虫ゆうき君も今では軽く50人は殺っています 2009年10月27日 ネタ雑談 トラックバック:0コメント:14

↑野です。

ここ数日「泣く」ということについてよく考えています。

というのも、いろんな本を見ていると「泣く」ことと「笑う」ことはストレス発散にも大変効果があり、
人間とは本来大人だってたくさん泣いていいんだよという旨の情報をよく目にするためです。

そもそも普段から僕自身人間とは本来もっと感情表現に寛容になって然るべきだと考えますし、それが今の日本社会の中ではなかなか難しいことであるとも感じるために、このことには大いに賛成したく思っています。

「泣きなさい 笑いなさい いついつまでも いついつまでも」とはよく言った歌詞だと思います。

そこでここ2年くらい大泣きしたことのない僕は当然まず笑いの方から試みるのがセオリーというものですが実はとある事情があってそれは諦めた方がいいと思いました。


というのもかつて中学高校生の時はお笑いが大好きだったのでネタ番組やバラエティー番組を観ては林家ペー・パーも引くほどに笑っていたのですが、大学に入って自分がお笑いをやってからというもの面白いネタを見ても笑うより先に感心してしまうのです。

プロの人のネタを生で真近で観る機会も多々ありましたが、やはりその凄さから尊敬の念が先行し、感心してしまうのです。僕の眼じりに決してシワは寄らず、キラキラした眼を見開く形となります。

僕はもうそれでもいいと思います。
面白くないと感じているから笑わないんじゃなくて逆に面白いと思って相手を尊敬しているから笑っていないのが自分の中で明白なのでこれはもう構わないのでありますが、

問題は冒頭で触れましたように、この場合当然笑いによる効用は得られないわけです。
何せ笑わないものですから。

となると望の全ては「泣く」の方に託されることと相成ります。

しかしこれまた泣けない。
世間で泣けると評判の作品を漁る気はありません、僕は恋にアグレッシブな丸の内OLではないのです。

いいなと思った小説も映画も音楽も全てやはり感動までで幕を閉じます。
人目をはばからずわんわん泣くには至りません。まあ僕の鳴き声はヒギイッ!なわけですが。

そう言えばかつてタイタニックが全盛期だった頃もあの作品に冷ややかな目を向けていたのは僕ぐらいだったのでしょうか。
また、中学・高校の一つ上の先輩の森山未来さんが当時「世界の中心で愛をさけぶ」に主役で出演していたので拝見させていただきましたが、「う?ん…」という声が漏れました。

とにかく僕は深く感動してもなかなか泣くことが出来ないわけです。
自然に泣くことが出来ないとなると後はもう計画的に泣くしかありません。

無理やり泣いても効果は薄いかもしれませんが、このまま泣けなければ歩は一歩も進まないわけです。

もうこれは理屈じゃないんです。
泣いてみないと見えない世界もあるやもしれないのです。あなたの涙で滲んで見えるその世界は既存の現実世界にあなたというスパイスが加わった誰とも共有できないエターナルアイランドなのです(←調子に乗ったね)


僕が今の時点で泣ける状況はもう、「なけなしのお金を持って風俗に行ったら明らかに自分の母親と変わらないぐらいの歳のおばさんがバスローブ姿で待ってた」とか「キャンプでご飯を炊く係りに指名されて一生懸命やった結果ご飯が全てダークサイドに堕ちた(焦げた)」とか「大学から帰ってきたら自宅が無かった」とか「少人数セミナー授業を履修したら自分以外全員ヤクザだった」とかぐらいしか思いつきませんよ。

しかもこれらは全て感動に基づくポジティブな泣きではなく明らかに不幸によるネガティブな泣きなのでこれは了承できないです。


仕方ないですね。
こうなったらもう、


丸の内OL数十人にベッドに縛り付けられて一晩中あの手この手で辱しめられるしかないですね。
そうすれば僕は「泣いて」さらに「笑う」ことが同時にできますブヒイッ!

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