親友学?・?(春学期・秋学期セット履修科目 計4単位) 2009年10月12日 日記 トラックバック:0コメント:10

↑野です。

友達と親友の差とは何なのでしょう。

何を根拠に友達止まりで、何を根拠に親友と呼べるのか。
さらには知り合いなんて言葉もあります、困ったもんです。

「仲の良さの度合い」が基準になると言うことも出来ますが、
「仲の良さ」とは何を以て測るのですか。

週に3回以上会うとかですか。
知り合って3年以上が経過したとかですか。
長い間一緒にいる友をみな親友と呼ぶのでしょうか。

しかしこれは多くの人から反論が噴出することでしょう、
「会う回数より年数よりその内容の方が大事」という量より質理論。
もっともだと思います。

何千回会ったって互いの心の距離が一歩も近づいていなければ、
見ず知らずのおっさんと流れるプールに行ってはしゃぐが如し。


それでは一体「知り合い」・「友達」・「親友」の違いとは何なのでしょう。

これを書いている今、僕の手元に電子辞書があるのでそれぞれの言葉の額面どおりの意味を調べてみますと…


「知り合い」
互いに知っていること。面識があること。
また、その人。知人。

「友達」
親しく交わっている人。とも。友人。朋友。

「親友」
信頼できる親しい友。仲の良い友人。
                         (広辞苑・第五版)


辞書によると知り合いとは、仲が良くても良くなくても、
会うたびにディープキスを交わす仲でも、
会うたびに剣山を拳にくくり付けて殴り合う仲でも、

互いに知っていればそれは間違いなく知り合いであるそうです。
なるほど、これで知り合いの定義がはっきりしましたね。


そして肝心の友達の定義と親友の定義を比べてみれば、
「親しく交わっている人」(友達)― ※「信頼できる親しい友」(親友)


…ますます分かり辛くなりましたね?
っていうかどちらも「親しい」という事は共通の条件のようですが、
先程も言ったように、何を以て親しいとするのかがいまいち分かり兼ねる。

そして上の定義を比較してみると、
どうやら友達には無くて親友にはある要素は「信頼」だということが判明します。

信頼。
信頼ですか。
信頼ねえ。

信頼って何ですか?
何をどの程度信じればそれ即ち信頼と呼べるのですか?
ただ単に信じるのとはまた違うのですか?

ここで皆様に朗報です。
なんと僕がこれを書いている今まさにこの時、傍らに電子辞書なる現代科学の英知の結集がございます。
調べてみましょう。


「信頼」
信じて頼ること。


なるほど。
ここで重要なのは、ただ単にその人の何かを信じるだけではなく頼るという行為も伴うことだと思います。
相手を信じることでそれを根拠とし、そして安心して身を任せるという結論に至る。
信じて頼ることそれが信頼。

ということは、この定義を先ほどの親友の定義の中に代入すると…

※「信じて頼ることができる親しい友」

となります。


しかしここでお気づきでしょうか?
そう、冒頭に書いてあるように、僕には「親しい」とは具体的にどのようなことを言うのか、
どのような状態であればそれを親しいと言えるのかということがいまいち不明瞭なのです。

どういたしましょうか、これはもう八方塞がりですね。

…と思った矢先にまさかの思いもよらない朗報でございます。
わたくしこの記事を書いている今まさにこの時この場に、

いいですか、驚かないでくださいよ?

なんと、電子辞書がございます!

それでは調べてみましょう。


「親しい」

1、血筋が近い、血縁が近い
2、馴染みがある、身近である
3、心にへだてが無い
4、自ら、直接に、じきじき


そして1と4の定義はここで言う親友という言葉には明らかにそぐわないとしまして。
おそらく2と3が親友の定義に使われる親しいの定義であると言えましょう。
すると「親しい」とは馴染みがあったり身近であったり、心にへだてが無い関係を言うそうです。

なるほど。
その人に馴染みがある・心にへだてが無い→だからその人のことを信じる→信じているからその人に安心して頼ることができる→俺たち親友だかんな!

ということでしょうか。
それでは先ほどの親友の定義の中の「親しい」をこれに置き換えてみましょう。

※「信じて頼ることができる、馴染みがあり、身近で、へだてが無い関係の友」

これが言葉の額面どおりの意味をできる限り詳細に追及した親友の定義です。
いかがですか、これで親友と友達の違いは理解できましたか?


分かってたまるかボケ。

                               ?部(完)






はい、それでは今度は親友と友達とを分けるその親しさの度合いについてを心情的アプローチで考えてみましょう。

私たちはどれほど仲が良ければ、その人を友達から親友と呼ぶことができるのでしょうか?
人によってもそのハードルは驚くほど低かったり、逆に高かったりすることと思われます。

ある人にとっては、「相手の家に出入りする」という事が友達と親友の境界線であるかもしれません。
またある人にとっては、「自分の悩みも考えも全てを打ち明けることができる」ということが境界線となるかもしれません。

安易に周りの人間を次々と親友呼ばわりするのは信憑性に欠けますし、
だからといってあまりにも慎重かつ過度の警戒を以て親友となるに値する人を見定めるのもこれまた違うのでしょう。

しかしここでは平均的指標となるハードルの高さを考えてみたいと思います。

一般的な考えかどうかは疑いの余地が多々ありますが、僕の考えを述べさせていただけるのなら、「自分という人間の全てを認めてくれる人」ではないかと思います。

自分のいかなる汚い部分も逆に誇るべき部分も、全てをさらけ出してもいいと本気で思えるような関係を言うのではないかと考えます。
これが?部で判明した「心にへだてが無い関係」だと考えます。

そしてそのように、自分の全てを認めて欲しいという願望だけではなく、
逆に自分も相手の全てを知り、そして受け入れることができることも必要なのではないでしょうか。

つまり一方通行的に僕のこと分かって欲しい!ではなくお互いがお互いの全てを認め合い、受け入れ合い、そしてお互いを必要不可欠な人間と見なし合う関係ではないかと思います。
心にへだてが無いのは自分→相手だけでなく相手→自分の両方向からではなくてはこれを「関係」とは呼べないのですから。

こう聞くと親友とはとてもハードルの高い高レベルな次元の関係であり、現実的にこういった関係を結ぶに至るのは至難の業と思われるかもしれませんが、決してそうではないと思います。

自分が相手を思いやり、多くの経験を共にすれば自然と出来上がる関係なのだと考えます。
つまり、意図的に親友を作ろうとするのではなく、多くの関わり合いの中で、気づけば親友と呼べる関係になっていたというのが本当の親友関係なのではないのか。


以上のことから、
今回の命題の「友達と親友とを分ける親しさの度合い」とは「互いを必要不可欠な存在と信じて頼り合える状態」であると考えます。



そして2時間もかけてこんなものを書く暇があったら今すぐ誰かと朝までパーリナイッ!!!

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