ハリー・ポッターと上履きを隠された少年 2010年9月全国ロードショー 2009年08月15日 ネタ雑談 トラックバック:0コメント:12

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本日のラーメン


はい、ここで「あれ?このブログこんなジャンルのブログだっけ?」と思ったあなた。

合格です。
明日から僕の性奴隷として働いてもらいます。
今日のうちに荷造りをしておいて下さい。

と見せかけて↑野です。

語りたい事は何個かあるのですが、別にそんな何十行も使ってまで書くことではないテーマが複数あるのでちょっとしたオムニバス形式でお送りしたいと思います。
(「オムニバス」ってなんかのRPGゲームの中のそんなに威力は大したことないけど使い勝手がいい魔法技の名前っぽい響きだよね)


流しそうめん


流すなコラ。
なんで流したん?
どしたん?なんか辛いことでもあったん?

あれじゃないですか、
よく子供たちを交えて皆で流しそうめんとかやりやがってキャー楽しいねママ!ってか?

お前も流したろか。

だってあれ流す根拠がおかしいじゃないですか。
無理やり根拠を捻出するとしたら「そうめんを竹筒の上で流してそれを皆でうまく取るのだが、もし取れなかったらそうめんがそのまま地面に流れ落ちてしまう。これはそのように食べ物を粗末にするわけにはいかない、絶対に取り逃すわけにはいかないというリスクを背負うことでドキドキしながらそうめんを食するゲームである」なんやったら分かりますけどもね。

現実を見てみれば竹筒の先にはものの見事に桶的なそうめんを無駄にしないための最後の砦ががっしり構えとるわけですよ。
なんならオリバー・カーンよりも取りこぼしエラーの確率は低い。

きっと全部流し終わった後に桶に溜まった流れてないそうめんは当然捨てるわけもなく皆で食べることになると思います。

何してんの?

はたから見たら怪しい新興宗教団体がなんかしてるってなもんですよ旦那。

そうめんの気持ちとか考えたことある?
流される必要性も全く無いでしょう。
それでも自分たちのレジャーという身勝手のために人間どもに流される。
人混みに流されて変わってゆく私をあなたは時々遠くで叱ってとはよく言ったもんですね。

そうめんに自分たち自身の負の側面を投影して反面教師にしてるんやろ?
社会に出てみれば子供の頃の純粋な気持ちをどこかに置き忘れ、気づけばブランド主義、拝金主義、社会ではこの方がカッコイイという安易な社会的風潮に踊らされ自分が本当に幸せになれるかどうかなんて関係ない。
周りの目を常に気にしてそれに従い生きていく。
気づいたら何も残ってはいなかった。

…そう、私は社会に「流された」

的なことをそうめんに投影してるんやろ?
楽しいか?楽しいんかって聞いてるんや。

何やねんあんなもん


びっくりするほど楽しいやんけ





火垂るの墓


見たくないんですけどね。
なんか昨日の夜に金曜ロードショーでやってたでしょ。

実は火垂るの墓の舞台は神戸市と西宮市なんですよ。
そして僕の出身地は芦屋市という所でこの二つの市のちょうど間に挟まれているのです。
そしてさらに驚くべきことに火垂るの墓に出てくる「西宮回生病院」っていうのは今現在も存在しているどころか僕の実家の2、300メートル隣にあります。

もちろん僕にとっての小さい頃からのかかりつけの病院でしてね。
僕は節子ちゃんと清太くんのお母さんの亡くなった病院で診察を受けたり入院したりしていたのかと思うと。

そう思うと…

なんか…

グスッ…

すいません、思わず感情がこみ上げてきちゃって…

なんかあれですよね…


なんで「耳を澄ませば」とか「となりのトトロ」とかの作品の舞台じゃなかったんやろって泣きたくなりますね…





美少年たかにょん


まあさっそく気持ち悪いテーマなんですけどもね。

実は何を隠そう僕は保育園時代は死ぬほど可愛かったんです。
たぶんジャンガリアン・ハムスターと比べても圧勝。
僕の幼少時をみたら大橋のぞみちゃんとかシバきたくなるレベルですよ。
ネグリジェ姿のberriez工房全員+体操服姿のAKB48全員でも歯が立ちませんよ。
よく近所のおばはんに「あら可愛いお嬢ちゃん、いくつ?」とか聞かれたもんです。


うふふ…



それがまさかこんな倒壊した家屋みたいな顔になるなんてね☆





機関車トーマス



あの顔は完全にNGやと思う









秒速5センチメートル&スカイ・クロラ


今さらにもほどがあるのですが見ました。
秒速5センチメートルの方は、これは僕の完全な個人的な感想なんで勘違いしないでいただきたいんですけど。

ちょっと薄い気がしましたね。
なんというか、青春の描き方が少し安易というか。
そしてこういった映画では核ともなる恋愛観、哲学の部分なんですけど、それも少し薄いような気がしました。

安易に感動させようとしてるように感じてしまいました。
そして主人公が女の子にモテモテ設定が悲壮感を和らげてる気がしてならない(個人的嫉みでしょうね)

ただ一つ斬新というか、ちょっと気を惹かれた所はやはり「恋愛映画なのにハッピーエンドではない」ところですかね。
オチを見た瞬間「おっ、そう来たか」と思いました。


一方スカイ・クロラの方は正直完全に理解は出来ていないと思うのですが、なかなか深いのではないかと。
何度も何度も生まれ変わって出て来ては変わり映えのしないこの醜い世界で生きるのに果たして意味はあるのかというような自問自答の部分が考えさせられました。

そして何よりも一番心に響いたのは、

「人は世界のどこかに誰かの不幸がないと幸せを感じることすらできない」

という言葉ですね。
聞いたことがあるような言葉ではありますが、よくよく腰を落ち着けて考えたことはそんなにないですし、その通りであると思える以上世界と人間に対する絶望感しか出てきませんが、それも作者の思うつぼなのかなと思うとちょっと悔しいです。
「世界平和!」ともっと理想を純粋に唱えたいですが正直歴史を見ても現在を見ても自分を取り巻く社会を見ても素直に理想を信じることはできません。

そういう意味では人の創る世界とはなんとまあ脆いものかと。
しんみりしてしまいますな、梅酒がすすむすすむ。



真面目に語っちゃった!






気づいてしまった…


オムニバス形式の記事にどうオチをつけたらいいのか分からないのに見切り発車してしまった。
これはどうしたものか。

でもさ、そもそもオチって必要かな?
僕は別に作家でもなんでもないただのド素人だよ

それにオチなんてなければいけないものじゃないのさ
ましてや無理やり作るもんじゃないのさ

人と人との関わり合いのその中で
気づいたらそこにあった

それが本当のオチってものさ

















































































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本日の変態





ほら無理やりオチをつけようとするとこういう悲惨なことになるのさ

テーマ:大学生日記 - ジャンル:日記

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