Tシャツってわさび醤油つけたらギリギリ食べられそうな気がする 2009年09月06日 ネタ雑談 トラックバック:0コメント:14

↑野です。

『変態』という言葉を聞いて世の人はどのようなイメージを持つのでしょうか?
おそらくは「キモい」「やだ」「関わりたくない」「忌み嫌うべき対象」
などといったところではないでしょうか。

しかし僕は個人的に変態とは素晴らしい状態なのではないかと思う。

そもそもの変態という言葉の定義がしっかりと固定されているわけではないので難しいところですが、ここで述べる変態とは「ちょっと変な人」「変わってる人」ぐらいに考えてもらえればいいかと思います。

真性の変態は僕でもひきます。
駅前で「ワンダーフォーゲル部に入ろうぜっ!!」って満面の笑みで親指立てながら壁に向かって叫んでたり、「このトラップカードの効果により貴様の老後は真っ暗だ!!」とか真顔で喚き散らすような方の側はとても通れません。
そんなんもう迷惑行為でありただのキチGUYですからね。

しかし僕がここで言う変態は変わってる人ということでね。
是非とも勧めたい。
素晴らしいことだと思います。

そもそも今の日本社会では大雑把に言えば変態は避けられたり時にはイジメなどの排斥行為に会ったりしやすいことと思います。
なんというか、異質なる物への畏怖がそうさせているのでしょうか、特に日本の文化ではそこそこ昔から他と違う人間への嫌悪が多々見られることが多かったそうな。

しかしね、人と少し違うとか変わってるというのは言わば「その人特有の色が濃い」ということも言えると思います。
いわゆる「個性豊か」ってやつですな。

これは素晴らしいことだと思います。
特に現代の日本社会では「自分などどこにでもいるような画一化された人間だ。他者と容易に交換可能だ」と意識的か無意識的にかは問わず感じている人が多いそうな。
こんな世だからこそ自分の色をしっかりと持った変態さんは良いと思うのです。

何もド派手なド変態でなくていいんです。
僕みたいにアパートの向かいに大きなマンションがあってそこのマンションからうちのベランダが丸見えなのに約3年半もの間ベランダで全裸で洗濯物を干したり取り込んだりする上野ストリップショーとかは正直どうかと思いますが、もっと軽い程度の変態は大いに勧められるべきではないのかと。

考えてみれば若者からご年配の方まで皆が皆何か人と同じであろうとしているように見えて仕方がない。
ある人は流行のファッションを雑誌などで見てそれを真似する。
年収やブランド信仰など世間で歪んだ経済的尺度が蔓延しているからといって安易にそれに囚われる。

そもそも人と自分は違うという大大大前提を軽く無視してこのような偽りの指標にすがり付きたくなる。
そらそうですよね、そっちの方が断然楽ですから。
自分の個性や特徴無視して世間一般の指標にすがってれば考えたり悩んだりしなくていいですもんね。

しかしそんなに甘くはないのが人生というものでしてね、それでは本当の意味での幸福にはなかなか近づけないと思います。

話を変態に戻してみるとそういった点では変態の方が周りに安易に流されているわけでもなく、自分をしっかり持っている分彼らの方が勝ち組(この言葉は嫌いなんですが)なのかもしれません。

僕はもうケンドー・コバヤシさんとかの独自性の濃い濃い芸人さんが大好きですし憧れます。
ピンクローター漫談とか人のぷーさんとかあんなん思いつきはしても実際やろうとする人間がどれほどいるのかと。

活躍の場は違えど彼のようにこれこそ自分だなと確信しながら生きたいものです。
彼の真似をするという意味ではないですよ、それやったら上記の人の物真似になるだけなんで。
彼のように自分に正直に生きて自分の色を出しながら生きたいのです。

しかしここで考えてみると、「無理やり変態になろうとしてもそれはそれでまた違う」ということです。
矛盾しているように聞えましょうが、自分の特徴というものを意識し過ぎてしまうとまるで一つのブームに付き従う大衆のように逆に画一化にも似た他の模倣的な事態になるのです。

重要なのはあくまで「自分に正直に生きる」ということに尽きるのではないでしょうか。
無理に自分の他人と違うところを引っ張り出すんじゃなくて、例えば、本当に自分はブランド物が必要なのか?この欲しいと思う気持ちは「皆が欲しがっているものだから」とか「世間の評価がいいから」とかではないのか?
と立ち止まって本質的な部分をちゃんと考えようとすることが大切なのではないかと。

結構有名な例えだと時計がありますよね。
よく言われるのは時計の値段と使い勝手は反比例すると言われるようなものです。
ブルガリとかなんちゃらかんちゃらのうん百万円、時にはうん千万円する腕時計より千円ぐらいの安いデジタル式腕時計の方が一瞬で時間を把握できちゃうみたいなね。
この前テレビでやってた超高級腕時計なんか、文字盤が上下逆さまとか言ってましたからね、頭おかしいんかと、シンデレラが終電逃しちゃうぞ。

自分の必要としてるものが実は空虚ならそれほど空しくて無駄なことはないと思いますよ。
何事も「自分は」で考えるということです。

自分が本当の意味で満足できる物を手に入れればいいし、自分の色を強く出せる人生である方が断然豊かな人生と言えるのではないでしょうか。

そういう観点から見ると、人と違えど自分を見失わない変態のような変わった人は豊かなんじゃないかと。
他と違う事をうまく受け入れているようにも見えますし。
本当の価値に気づけた人間の方が結局得だと思います。
そういった事を考えながら生きるだけでも僕らは本当の意味でより豊かに生きることが出来るんじゃないでしょうか。


ということでお前ら全員俺にパンティーをよこせ。


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