ああ、僕はどうして大人になるんだろう ああ、僕はいつ頃大人になるんだろう 2009年08月06日 日記 トラックバック:0コメント:8

↑野です

ここ最近はよく深夜徘徊をする。
ここで深夜の散歩とは言わずに「徘徊」と言ったのは自分の中でのその定義の違いからです。
僕の中では「散歩」とは一人でか若しくは複数でお昼なんかに景色の良い自然の中を歩くことだと勝手に定義付けています。

それに対して僕の考える「徘徊」とは、「いつ通報されてもおかしくはないおっさんが街中をうろうろする。時には職質も辞さない」というものです。もちろん異論は認めまくります、上記はあくまでUwepediaにて調べた結果です。


大学生の夏休みという特権を活かして久しぶりに深夜徘徊をしてみた。
僕は個人的に深夜徘徊をする時は決まって住宅街を徘徊する。
はたから見れば下見をする空き巣にしか見えないわけだが、
特にきれいな植物を目にすることも少ないにも関わらず何故住宅街なのかにはもちろん理由がある。

昔から住宅街がとても好きだったからです。
行って見回ってみるといつも驚かされます。
数ある国のほんの一つの国の日本の中のほんの一部の神奈川県のほんの一部の市のほんの一部の区のほんの一部の町にこれほど多くの住宅があるのかと。
そしてその住宅一棟一棟の中には一人か大家族かは知らないが一世帯一世帯に驚くほど長く、様々なその人たちのストーリー(その人々の人生であったり、その家族のこれまでの経歴であったり)が存在すると思うと何度でも鳥肌が立つのです。

一棟の大きなマンションがあるとする。
部屋数が300部屋分あって空き部屋がない状態だとする。
するとそこには最低でも300人、実質的にはさらにその何倍もの人が住んでいる。
そしてその人々の一人一人に全くもって異なる今までの人生があるし、これからも全くもって違う人生が待ってるでしょう。
そしてさらに驚くべきことに日本だけでもそういった大きなマンションは数え切れない程存在するし、もちろん無数にある一戸建ても加えるとまさに「膨大な」数の人が暮らしている。
言い方は良くないかもしれないけど人が蟻のように感じられる瞬間でもある。
そしてしつこいけどその蟻の様に無数に存在する人一人一人にストーリーがある。

自分にはおそらく一生関係が無いと思う。
出会うことすらないのだと思う。
でも確かに同じこの空の下にこれだけ多くの人が生きているんだなと改めて再認識させられて、思わず叫びたくなるような、どこかがすごくこそばゆいような、そんな気持ちに例外なくさせてくれるのが僕にとっての住宅街徘徊なのです。
これにものすごいロマンを感じずにはいられないのです。
小学生の頃もよく自転車で芦屋市内の住宅街を見回ったものです。

お昼に行ってその人たちの活動を見るよりも深夜のほぼ自分以外に誰もいない住宅街で静かに物思いに耽りながら歩くのがおもしろいのです。

さらに知らない所にわざとどんどん進んでいくと冒険心のようなものが沸き起こり、上記のような感情とは全く異質ながら混ざり合ってこれもまた表現しがたい楽しみがあるのです。


深夜徘徊の面白みはそれだけには留まりません。
何といっても様々なことを静かに考え耽るのが醍醐味だと思います。
そこから思わぬ発見があったりもするものです。

この前も深夜に家の近くのイギリス風の概観の家が建ち並ぶ住宅街を彷徨った。
いつものように恍惚感に浸りながら歩いていると公園がいくつもあった。
深夜で人目を気にする必要も無いので公園に入ってみると「うんてい」と言うのでしょうか、あのチンパンジーがぶら下がりながら前に進むような遊具があったので12年ぶりぐらいにやってみようとした。
するとなんとぶら下がる前にまず普通に足が地面に着いた。
地面に立った状態でうんていの棒が掴めてしまったのです。
そこで思いもしない感情が沸いて来ました。
「ああ、気にすることも無く時間だけがスーっと流れていったけど、やっぱりあの頃から随分な時間が経って自分も随分と変わってしまったんだな」と。
当然のことと言えば当然のことなんですが、なんというか、過去を顧みる機会が自分には少なかったことを自覚させられました。
足を無理に折り曲げながらぶら下がりうんていをしてみた。
思いの外すいすいと進めたけど体重が75キロあるので腕がきしんだ。
黙々とうんていで遊んだ後にまた別の公園であの動物の形をした四方八方にグイングイン揺れる乗り物に乗って遊んだ。

身体が規格外過ぎて滑稽だった。
小さな乗り物にちょこんとでっかい体した22のおっさんが乗ってると思うとニヤけてしまった。
これも12年ぶりぐらいにグイングインして遊んでみた。
死ぬほど楽しかった。
ここ半年ほどで一番楽しかった。
調子に乗って横に思いっきりグイ??ンッってやったら(魔女の宅急便でトンボとキキが一緒に自転車に乗ってカーブを曲がる時に身体を倒したあの感じ)僕の体重では乗り物がニュートラルポジションに戻れなかったらしくそのまま横に思いっきり傾いた状態で止まって僕は驚くほどの勢いで転げ落ちた。
この時ほど柔道をやっていて良かったと思ったことはない。
見事な受身で無傷だった。
そして一人でクスクスと笑った。
はたから見たらお友達になりたくないランキング、オーストリアのフェルナンデスさんを押しのけて見事1位に返り咲いた。
その後これもまた12年ぶりぐらいにブランコに乗った。
あの手で持つヒモの間隔が僕の肩幅の2分の一ぐらいでかなりやりずらかった。
これまた規格外ボディで遠心力を利用して足だけでブランコを必死でこぐ。
小さい頃はあんなに平気だったのに嘔吐一歩手前ほど酔った。

この3つの遊具で12年ぶりぐらいに遊んでみたら涙が出そうになった。
なんというか、あの頃の気持ちを忘れたくはなかったのにと。
いつから自分はこんなしょうもない人間になってしまったのかと。
そしてあの頃あんなに気楽に自由に楽しく毎日遊んでいられたのは親や周りの人間が作った安定の中で生み出されたものだったんだなと、そして今度はその安定を自分が作り出さなければいけない歳になってしまったんだなと思うと悲しくなった。

ああしてずっと遊んでいたかったなと思う。
あれほどの自由はおそらくこの先の人生でももう二度とないと思う。

時にこんなことも発見できるから深夜徘徊はやめられない。
上記の遊具のくだりのとこなんて昼にやろうもんなら5分で神奈川県警が僕をターゲットにゲリラ戦を展開するに違いない。
きっとあの住宅街では僕の顔写真付きの「この男性に注意!」的な回覧板が回されることうけあい。
そらこんなおっさんが真昼間にグイングインやってそれに投げ飛ばされて一人で笑ってたら地域住民も恐かろう。
ということでまた今度深夜にグイングインしに行こうと思う。
このままだと僕は将来子供を持つ予定がないのに、子供を公園に連れて行くことで真昼間に合法的にグイングインしたいがために子供を持ってしまいそうだ。
子供を押しのけて自分がグイングインしてしまいそうだ。
他の子供が「ねえおじさん早く代わってよ」って言ったら「おじさんは平日のお昼働いててなかなかグイングインできひんけどボクたちは毎日好きなだけグイングインできるやろ!」って本気で言いそうで恐い。
きっと自分の子供より自分の方が夢中になって遊ぶんやろな。


あー、


大人になんてなりたくない。


テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

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