お前のそこ…ルマンドみたいやな… 2009年02月03日 ネタ雑談 トラックバック:0コメント:2

どうもみなさんこんばんは。
お待ちかねの↑野です。みんな養子にしちゃうぞこの野郎。 

いやまあそれはいいとして、 
ところでみなさん、差別について真剣に考えた事はおありでしょうか?


過去から現在に至るまで我々人間は計り知れないほど多くの差別を行い、またそれと戦ってきたのです。時には多くの血や涙さえ流れました。

そもそもなぜ差別や偏見が生まれるのでしょうか?
もちろん理由はいくつかあると思いますが、やはり主な理由は人間の本質的な部分に存在する自己同一性(アイデンティティ)の確立の際に生じるものではないかと考えられます。

我々人間は他人と自分とを区別することによりアイデンティティを確立するわけですが、差別と区別は表裏一体なのですから当然この区別というものが根拠のない差別や偏見へと変貌することが少なくないのです。

そして自分とは違う見かけや文化などを持った人間を差別し、そこから様々な悲劇が起こるというわけです。

その自分たちとは違う何か得体の知れないものというのが時には恐怖の対象となり、その恐怖を振り払いたいがための残酷な行為もまた生まれてきました。魔女狩りなどがその典型的な例と言えましょう。

そして今現在世界には様々な差別が存在しています。

人種差別、性差別(セクシャルマイノリティー問題、男女雇用機会不均等問題含む)、経済格差差別、言語差別、職業差別、身分差別、思想差別、などなど。

特に今現在はイスラエルとアラブ諸国のユダヤ教・イスラム教対立による紛争で多くの被害がでていますし、欧米諸国を中心に黒人差別が遥か昔から今現在に至るまで根強く残っています。

しかし差別がこんなにも顕著に現れていてもそれを駆逐するのは簡単な事ではありません。

というのも、先ほども申しましたように差別はある意味人間の本質的なものであり完全に無くすことはほぼ無理なことといえるからです。現に差別を無くすための政策が過去にいくつも行われてきました。

アファーマティブ・アクションなどがその例です。

アファーマティブ・アクションとは積極的差別是正措置とも呼ばれ、アメリカの大学などで行われた政策です。アメリカ社会では黒人やラテン系の人種への差別が根強く、そのために経済的な理由から十分な教育を得ることが一般的白人家庭に比べ困難な場合が多く、それを是正するために大学などが入試を免除し、定めた人数分入学させるというものでした。

しかしこの政策には欠点があり失敗に終わりました。
この失敗は大きく分けて二つの理由からなります。

それは「逆差別」と「差別構造の複雑化の促進」です。

このアファーマティブ・アクションによってマイノリティーの人たちを試験免除で入学させるということは、当然白人の真面目にしっかり努力した人に対しての差別ということになります。もちろん一生懸命勉強して入試を受けても落ちてしまう人はたくさんいます。にも関わらずいくら経済的、地位的に恵まれていないからといって試験免除で優遇されて入学するのは入試を受ける白人の人に対する差別であると言える。

これが逆差別ということです。

そしてさらに、このアファーマティブ・アクションを受けることができる黒人やラテン系の人にも限りがあり、全てのマイノリティーの人を入試免除で入学させることはできません。つまりマイノリティーの人の中にも差別是正政策の機会不均等が生じるわけです。特にこういった是正措置を受けることが出来たのは比較的経済的に優位な方のマイノリティーの人でした。

ここから新たな差別と争いが生まれました。今までは白人と黒人という対立構造だったのが、それに加えて差別是正措置を受けられる比較的裕福なマイノリティーと受けられない相対的に貧困なマイノリティーの対立という新な対立構造です。

この二つの結果によりアファーマティブ・アクションは実質破綻しました。 

このように差別を撤廃するためにした事が逆に差別を酷くしたり意味をなさなかったりするケースも少なくありません。差別を無くすことの難しさがこの例で確認できます。
 

それではやはり差別は人間の本性であり仕方のない行為だと諦めるべきなのでしょうか?

私はそのようには思いません。

確かに差別を完全に無くすということはほぼ無理な事だと思いますし、それは人間の本能的行為や思考であるとも思います。

しかし今現在の差別や偏見には明らかに努力による解決の余地があると考えられます。

差別を無くすことは無理だとしても減らすことはできると思います。そして差別が人間に本能的なものとして備わっているとしても人間には理性というものがあることを考えればこれもまた仕方ないとの理由にはならないと考えます。

大切なのは我々が世間の論調などに安易に流されず、少し立ち止まり物事をよく考える習慣を構築することが大切なのです。そして教育を通じて、家庭でも教育機関においても後の世代を担う子供たちに自分たちと異なる文化に対して寛容であることの大切さ、自分たちと違う人間を理解することの重要性を強く認識させ、伝えていくのが解決の糸口となると信じています。

これは何も差別や偏見を減らすためだけではなくその人たちの人生においても大変有意義なことだと考えられます。

このように私たち一人一人が正しく情報を受けとり、よく思考し、不条理な勘違いや偏見を避ける事により世界はより美しく輝くことでしょう。

いかがですか皆さん?
差別や偏見がいかに理不尽で非生産的な事かお分かりいただけたかと思います。
 
差別や偏見は辞めましょう!
 
理解の困難な物事に怯える必要はありません!
 

さあ、皆で明るい未来へ! 

お分かりいただけたのならどうか、
 

街中で僕のこと気持ち悪いとか言わないでください。

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